ダクタリ動物病院

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前十字靭帯断裂

ダクタリ動物病院東京医療センター 獣医師/院長/JAHA外科認定医 野内正太

 

犬

前十字靱帯とは

 犬の前十字靱帯は人間と同様に、腿の骨(大腿骨)と脛の骨(脛骨)をつなぐ膝関節の中にある大変丈夫な靱帯で、脛骨が大腿骨に対して前方へ移動してしまうことや、膝関節が過度に回転したり伸びきらないように防いでいます。
 人間の前十字靱帯断裂は、スポーツ選手におけるいわゆる「ひざの故障」で、サッカー、ラグビー、テニス選手等の膝関節に対して強い外力によって前十字靱帯が偶発的に切れてしまうことに対して、犬の場合は全く性質が異なります。古くなったロープがほつれて時間をかけてゆっくりと脆くなった結果、過度な外力とは関係なく切れてしまいます。このことが人間における前十字靭帯断裂の治療方法と大きく異なる理由です。

犬の前十字靭帯断裂の原因

 大多数の犬では前十字靱帯が長い時間をかけて、靱帯内の線維が脆くなることによって断裂します。正確な原因は分かっていませんが恐らく遺伝的な要因が最も重要で、特定の犬種(ラブラドール、ロットワイラー、ウエストハイランドホワイトテリア)に起こりやすいと考えられています。というのも比較的若い時期に両膝の前十字靭帯断裂を引き起こした犬達に血縁関係が認められたからです。また、肥満、体格、ホルモンバランスの乱れ、関節の炎症状態など他の要因も関与している可能性が指摘されています。

前十字靭帯断裂の症状

 後ろ足を引きずる、負重することができないことが最も一般的な徴候です。この症状は運動中に突然現れることもありますし、断続的であることもあります。また、中には両膝を同時に損傷する犬もおり、そのような場合犬は伏せた状態から起き上がることが困難で、全く起き上がることができず、椎間板ヘルニアなどの神経疾患であると誤って疑われることもあります。

前十字靭帯断裂の診断

 前十字靱帯の損傷の程度により完全断裂、不完全断裂に分かれますが経験豊富な獣医師であれば、膝関節の動揺を検出する身体検査とレントゲン検査で診断できます。診断時に不完全断裂であっても関節炎がゆっくりと進行して最終的には完全断裂に至りますので、ほとんどの犬では手術が推奨されます。手術の際には同時に関節鏡検査が行われ、半月板や膝関節の軟骨の損傷程度も確認します。



【正常な前十字靱帯の関節鏡画像】

正常な前十字靱帯の関節鏡画像
正常な前十字靱帯の関節鏡画像


【断裂した前十字靭帯の関節鏡動画】


前十字靱帯断裂の治療

 全身麻酔に対して致命的なリスクが高いと判断される場合を除いて、手術が推奨されないことはほとんどありません。手術以外の治療方法として、体重管理、理学療法、運動制限、薬物療法(消炎鎮痛剤)がありますが、あくまで補助的なものとなります。手術後も短期的にはこれらの治療を併用しますが、手術の目的は膝関節の早期機能回復、関節炎の進行予防、そして長期的な運動制限、薬物療法の必要性を最小限に抑えることです。体重が15㎏以上の犬では手術をせずに後ろ足の機能が回復する可能性が非常に低いです。体重が15㎏以下の犬や猫にはチャンスがありますが、改善には通常数ヶ月かかり、完全に回復することはほとんどないばかりか、膝の関節炎が進行し、慢性的な痛みを伴うことになります。

前十字靱帯断裂に対する手術

 手術は、断裂してしまった靱帯を交換することを目的とした方法と、脛骨と大腿骨の接する角度を調整することによって、前十字靭帯が無くても力学的に膝関節を安定化させる方法があります。

靱帯置換術

 断裂した前十字靱帯を他の靱帯、および腱で置き換える手術です。人間では5世紀以上前から行われていますが、犬ではうまくいかないことも少なくありません。これは置き換えられた組織が元の靱帯ほど丈夫ではないことに加えて、最も丈夫な前十字靱帯でさえ断裂してしまう膝関節内の力学的問題を解決していないからです。
 人工靱帯を使用した方法も長年にわたって行われています。これらは単純な技術で多くの症例でほぼ正常な機能に戻すことができます。この方法の短所は体重の重い犬や運動能力の高い犬では限界があること、手術後から約2週間程度、術前と同様な症状が継続するために手術成功の可否が術後早期では判断できないこと、完全な機能回復までの時間が長いことが挙げられます。
 具体的には、これらの人工靱帯を断裂した前十字靭帯と同じ場所に設置するわけではなく、断裂した前十字靱帯と力学的に平行になるように、大腿骨の後ろ側にある種子骨と脛骨の上部に穴をあけて、そこに人工靱帯を設置するものです。

脛骨と大腿骨の接する角度を矯正する方法(脛骨高平部水平化骨切り術:TPLO)

 人間の足は、起立時に大腿骨と脛骨は一直線で、真横から膝関節を観察すると、脛骨側の関節面(脛骨の天井面)は地面に対してほぼ水平で、その上に大腿骨が安定的に乗っています。したがって起立維持、歩行程度の運動であれば、大腿骨と脛骨が直接体重を支えて、大腿骨と脛骨をつないでいる前十字靭帯にはそれほど負担がかかりません。
 一方で犬の後足は、起立時に大腿骨と脛骨は膝関節で、少し「くの字」に曲がっています。それは犬の脛骨の形態が人間と異なり、脛骨側の関節面(脛骨の天井面)が地面に対して水平ではなく後方へ傾斜しているからです。その為、膝関節が伸びた状態で体重がかかると、大腿骨は脛骨の天井面を後方へ滑り落ちます。このように脛骨の形態の違いから、起立維持、歩行程度の運動であっても犬では前十字靭帯に過剰な負担がかかっています。
 手術は、この後方へ傾斜した脛骨関節面を人間と同様に水平化させるように、特殊な機械を用いて脛骨を切離し、スクリューとプレートを使用して固定するものです。靱帯が損傷しているのに骨を切断することは一見乱暴のように見えますが、骨の治癒は靱帯の治癒よりも効率的なので、従来行われていた靱帯置換術よりも確実性が高いと評価されています。
 また、この手術の長所は靱帯置換術と比較して確実に早期機能回復できることで、すべての犬が1~3日以内に手術した足に体重をかけ始めると予想されています。この手術の力学的な利点と迅速な機能回復は、体重の重い犬、運動量の多い犬、軽度ではあるが慢性的な跛行を呈する犬(靱帯置換術では術後かなり跛行が強くなる)、不幸にも両膝同時に断裂してしまった犬でも一期的に手術を行うことができます。

TPLOの成功率はどのくらいですか?

 原則として、ほぼすべての犬が手術後通常の活動性を維持した生活に戻れます。これはご家族が症状を確認できないほど歩き方や走り方が正常であることを意味します。私たちは継続的な投薬治療を必要とすることなく、自由に運動できるようになることを期待しています。家庭犬はもちろんのこと、嗅覚性探知犬や猟犬などの運動強度の高い使役犬であっても、手術後十分に復帰することが出来ます。

TPLO後に起こりうる問題や合併症は何ですか?

 幸いなことに経験豊富な外科医がTPLOを行う場合、深刻な合併症の発生はほとんどありません。しかし、その中でも最も一般的な合併症は、術部感染症と機械的合併症の2つです。
 感染症は抗生物質で治療します。場合によっては外科的洗浄が必要で、スクリューやプレートに細菌が付着した最悪のケースでは、骨が治癒した後にインプラントを除去しなければなりません。ほとんどの患者ではスクリュー、プレートは一生そのままで全く問題が無いとされていますが、比較的容易に抜去できるので、当院では骨癒合が得られたら取り除くことを推奨しています。
 機械的合併症は通常、骨が治癒する前(約6週間後)に過度な運動をした場合に起こると報告されています。しかし、多くの場合は不適切な骨切り部位、スクリュー、プレート位置、矯正の過不足が原因であって、適切な手術が行われていればまずもって発生しませんし、仮に発生したとしても安静だけで充分に回復します。
 稀な合併症として手術した後に発生する膝関節内の半月板損傷があります。関節鏡を使用した手術が必要になることがあります。その他、膝関節周囲の捻挫や歪みなどの稀な合併症は、一般的に理学療法で管理することができます。
 幸いにも現在に至るまで、当院では再手術を必要とする合併症は発生しておらず、すべての患者が以前と同じように回復しています。

術前後のレントゲン画像 マルチーズ 15歳 2.5㎏
術前後のレントゲン画像 マルチーズ 15歳 2.5㎏

【術前後のレントゲン画像 マルチーズ 15歳 2.5㎏】

 脛骨高平部が水平化されると術直後から膝関節の亜脱臼が整復されるため、早期機能回復が得られる。靱帯置換術であっても治療可能な高齢小型犬症例も、より早期で確実な機能回復が大きなメリットである為、当院では小型犬であってもTPLOを推奨しています。

術前後のレントゲン画像 シベリアンハスキー 5歳 35㎏

【術前後のレントゲン画像 シベリアンハスキー 5歳 35㎏】

 活動性の高い若齢の大型犬は、靱帯置換術で治療できる場合もありますが、この症例の様に脛骨高平部の傾斜が大きい場合、靱帯置換術では早期に人工靱帯の破綻が起きる可能性が高く、TPLOをはじめとした角度矯正骨切り術が推奨されます。


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