病気紹介

腹腔内出血(血腹)

はじめに

 腹腔内出血(血腹)とは、腹腔内で急性の出血が起こり、血液が貯留した状態を言います。交通事故や落下事故などの外傷でも腹腔内での出血は認められますが、中高齢の大型犬は派手な外傷なしに腹腔内出血を起こすことがあります。なかでもゴールデンレトリバーやジャーマンシェパードなどは脾臓や肝臓に腫瘤病変を作る血管肉腫という悪性腫瘍の好発犬種であり、これが破裂すると腹腔内出血で急激に出血が進行します。血管肉腫は血管が豊富でかつ脆弱なため前触れなしに大量出血する危険性があり、よほど幸運でなければ自然に止血することもありません。ひとたび出血すると、多くは循環血液量減少によるショック状態を引き起こし、治療が間に合わなければ死に至る非常に恐ろしい病気です。あらかじめこの病態について知っておき、適切な対応をとることがとても重要です。

症状

 急性の失血に伴い、突然の元気消失、起立不能、などの症状が見られます。大量の出血から低循環性のショック状態に陥ると、頻脈や粘膜蒼白など低血圧の徴候が認められ、さらにはぐったりとした虚脱状態に陥ります。ショックに対する適切な処置を行わなければ、短時間で死に至る可能性があります。

診断および治療

 迅速に血管確保を行い、急速輸液によるショックに対する治療を行いながら検査をすすめます。腹部超音波検査により腹水貯留が認めらたら、直ちに穿刺によりそれが血液成分であることを確認し、出血原因となっている腫瘍病変を探査します。同時に各種血液検査を実施し、重症度の評価を行います。さらに、胸部レントゲン検査や心臓超音波検査、CT検査で、腫瘍の転移の有無を確認します。悪性腫瘍による腹腔内出血の場合、この時点ですでに全身転移した腫瘍が確認されることも少なくありません。
 初期治療によってショックから離脱し、麻酔処置が可能となり次第、救命処置として緊急開腹手術による腫瘤の摘出、止血処置を行います。出血の程度や合併症によっては手術の前後で緊急輸血が必要となることがあります。手術後には一時的な心筋の低酸素や低循環などによる不整脈が出ることがありますが、多くは一過性です。摘出した腫瘤は病理学的検査を依頼し、確定診断を行います。

予後

 出血した原因によって様々です。外傷や良性病変による出血であれば、早期の手術で救命後、問題なく寿命を全うできることがほとんどです。
 しかし、悪性腫瘍である血管肉腫だった場合は著しく予後が制限されます。血管肉腫は肺や肝臓、心臓をはじめ他臓器への転移を非常に起こしやすく、発覚時点ですでに多臓器転移していることが少なくありません。そのため、救命手術のみ行った場合の平均的な予後は2ヶ月程度と報告されています。また、重症例では血管内に微小血栓形成を起こす播種性血管内凝固(DIC)という病態を併発している場合があり、この場合は外科手術を乗り越えてくれたとしても術後数日以内の多臓器不全・死亡が高率に認められます。外科手術後に無事退院し、抗がん剤による化学療法を行った場合は予後が4-6ヶ月程度延長することが知られています。

獣医師から

 大型犬でしばしば致命的になる腹腔内出血。救命救急を行っている当院に「大型犬が急にぐったりして立てなくなった」などと電話が入ると緊張が走ります。オペ室の空き状況、外科スタッフの手配、来院後即座に血管確保や急速輸液、必要な検査処置がスムーズに行えるよう確認・準備しながら患者様の到着を待ちます。一刻も早い状態の安定化と救命手術が必要となるからです。
 原則として腫瘍を血液検査で診断することは非常に困難であり、特に初期病変は画像検査なしに発見することはまず不可能です。早期発見・早期治療が叶えば根治確率も上がるため、特に7歳を超えた大型犬では、画像診断を含めた定期健康診断を積極的に(少なくとも半年毎に)行うことを推奨しています。血管肉腫は先述のように典型的には中高齢の大型犬に多く発生しますが、ミニチュアダックスやトイプードルなどの小型犬や高齢の猫でもみられ、体格が小さいからと安心できるものでもありません。いずれの場合も定期的な画像検診によって血液検査に現れない異常を早期発見できるよう努めることが重要です。もし体腔内に腫瘤が見つかっても、破裂前に切除できれば腹腔内出血を回避することができます。もしそれが悪性であっても、早期に化学療法を行うことで寿命を延ばすことができるかもしれません。私たちが予防医学の大切さを唱え続ける理由の一つがここにあります。

「予防の1オンスは治療の1ポンドに値する」
“An ounce of prevention is worth a pound of cure.”
Benjamin Franklin

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