病気紹介

犬の歯周病

はじめに

 犬の歯周病がどのような病気かご存じでしょうか?歯石がつくと生じやすい病気だとなんとなくイメージされている方も多いのではないでしょうか。 しかし、厳密には違います。歯周病とは口腔内細菌が歯周ポケットから入り込むことで歯根及び歯槽骨が溶けてしまう病気です。‘‘たかが“歯と思われるかもしれませんが、歯槽骨という歯が埋まっている骨が溶けていくと顎の骨が折れたり、口腔内細菌が血液中に入り込んで敗血症という全身性の重篤な疾患に移行したりすることもあります。歯周病は軽視/誤解されやすい病気の一つなので、この機会にぜひ正しい知識を身につけましょう。

症状

 歯周病の症状は多岐にわたります。口臭、歯ぎしり、よだれ、固いものを食べたがらない、口元を触られるのを嫌がるといった口に関連する症状だけではなく、くしゃみ、頭をふる、怒りっぽいなどのように一見、歯周病が原因とは思えないような症状もでます。また、歯周病が進行して根尖歯周膿瘍に発展すると、頬が腫れて膿が排出されたり、歯槽骨が溶けることにより顎骨を骨折したり、口腔と鼻腔を隔てている骨が溶け貫通してしまう口腔鼻腔瘻を生じ慢性的な鼻炎や鼻出血を呈したりすることもあります。他にも、口腔内細菌が血液中に入り込み重症化すると敗血症に陥り命に関わることさえ起こり得ます。

診断

 歯周病の有無は画像検査で診断します。ただし、歯科の画像検査でよく使われる、歯科用レントゲン検査やCT検査は全身麻酔をかけて行う検査であるため、まずは口腔内の視診を行い、肉眼での所見に基づいて確定診断および治療に進むべきかを判断します。
 視診では歯石の量、歯肉の状態、咬合、歯列などを見て歯周病の有無及び重症度を推測します。例えば下の画像では、多量の歯石や歯肉退縮、歯周ポケットの拡大が認められるほか、咬合も合っておらず、中~重度の歯周病が予測されます。このような症例は全身麻酔下での確定診断および治療が必要になります。

歯周病の視診

 ただし、視診で歯石が少なく、一見問題なさそうに見えても画像検査を行うと歯根の融解が認められるような場合もあるため、健康診断の一環として定期的に麻酔下での画像診断および歯科処置を行うのが理想的です。
 当院では確定診断として歯科用CT検査を導入しています。下の画像をご覧ください。左側が健康な歯、右側が重度歯周病を患う犬のCT画像になります。右の画像では歯槽骨が溶けて歯根の大半が露出しており、下顎骨は今にも骨折しそうな程薄くなっています。

レントゲン

治療

 進行した歯周病を治すことはできません。溶けてしまった骨を再生させて元通りの歯槽骨・歯根に戻すことは今の獣医療ではできないため、治療においては歯周病を今以上に進行させないことが目的となります。
 軽度の歯周病では歯周ポケット内に溜まった炎症性組織を掻把して取り除くことで歯肉の付着が得られることがあります。しかし、重度の歯周病では、歯周ポケットが深く、骨融解・感染を起こしているケースが多いため、抜歯をして歯周病の根本的な原因を取り除いていきます。前述のCT画像の症例では、ほとんどの歯を抜歯しました。現在普及しているペットフードは最悪歯が1本もなくても食べることができる形状であるため、抜歯後もごはんを食べることが出来ています。もちろん、歯が全くないと食べこぼしが増えたり、食べ終わるまでに時間を要したりすることはあります。ですが、歯周病が進行して顎の骨が折れてしまうと痛みで顎を噛みしめることができなくなるので、それこそ食事に影響がでてしまうのです。それ故、歯周病は早期の対処が重要で、なおかつ抜歯すべきなのかしなくてもよいのかを正確な画像検査を基に慎重に判断する必要があります。

予防

 日常的に歯磨きなどのデンタルケアをすることである程度は歯周病の進行を遅らせることができます。ただし、動物の場合には歯周ポケット内を意識した歯みがきは難しく、歯みがきを日常的に行っていたとしても歯の表面しか磨けていないことが多いため、年齢とともに歯周ポケットが拡大していきます。歯周ポケットの拡大を防ぐためには歯周ポケット内のお掃除を定期的に行ってあげるのが効果的です。しかし、動物の場合には全身麻酔が必要で、人間のように月に1回などの高頻度で行うことができないので、麻酔リスクが大きくなければ1年に1回は全身麻酔下での歯のクリーニングを行うことを推奨しています。当院では血液検査やレントゲン検査だけではなく、エコー検査や心電図検査などを行い、麻酔リスクを細かく評価した上で麻酔処置を行いますので、なんとなく全身麻酔が怖いと感じている方も一度ご相談いただければと思います。

無麻酔歯石除去について

 しばしばご相談されるのがいわゆる「無麻酔歯石除去」についてです。先述したように歯周病の本体は表面に付着した歯石ではなく歯周ポケット内に沈着した細菌を含んだ炎症産物なので、無麻酔で表面の歯石を取り除くことに治療効果はありません。それどころか、麻酔をかけず意識や痛みがある状態で口腔内をいじることで、その後の歯みがきなど日々のデンタルケアを嫌がってやらせてくれなくなるリスクや歯石片を誤嚥してしまうリスク、口腔内を傷つけて菌血症を引き起こしてしまうリスク、正確な画像診断なしに歯石除去を試みることで顎骨骨折を引き起こしてしまうリスクさえある危険な方法です。そもそも麻酔をかけることがためらわれる健康状態なのであれば、まずはそちらを治療することを強くお勧めします。

獣医師より

 以上の内容をふまえて、みなさんのペットの歯を見てみてください。歯石はどのぐらいついていますか?歯肉が赤くなっているところはないですか?触って痛がりませんか?
 動物の場合は、歯周病が多少進行しても飲水や食事などの日常生活を“一見”通常通りに送ることが出来るので、ご家族の皆さんが思っているよりも実際は歯周病が進行しているケースによく遭遇します。口の中の見た目上の変化は診察にいらした際に病院スタッフが気づくことができますが、ご飯の食べ方の変化や行動の変化はご家族の皆さんしか気づけない部分になります。普段の行動をよく見てあげて少しでも疑わしい症状があれば獣医師にご相談ください。単純に食事ができているかという視点ではなく、快適に食事を食べられているかどうかが大事な視点であり、そのために必要な処置を提案させていただきます。愛犬たちのQOLを下げないためにも一緒に歯の健康を守っていきましょう。

病気・症例紹介