病気紹介

犬の多中心型リンパ腫

はじめに

 リンパ腫とは白血球の一種であるリンパ球が異常に増殖する腫瘍です。白血球は身体のあらゆる箇所に存在するため、その腫瘍であるリンパ腫も身体のほぼすべての臓器で起こりえます。リンパ腫は犬の悪性腫瘍のうちの最大24%を占め、乳腺腫瘍と並んで最も発生頻度の高い腫瘍とされます。リンパ腫といっても様々な病型があり、多中心型、消化器型、縦郭型、節外型、皮膚型など多岐にわたります。そのうち80%以上がリンパ節から発生する多中心型リンパ腫であると知られています。
 好発犬種はゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、ボクサー、バセットハウンド、セントバーナードで、中年齢以上での発症が多いとされていますが、それ以外の犬種や若齢での発症も認められます。

症状

 多中心型リンパ腫の患者の多くは体表のリンパ節の腫脹に気づいて来院され、そのほとんどは全身状態良好です。病状が進行するまではほとんど症状を認めないことが一般的であるため、ご家族が全く気付いておらず、予防接種など別件での受診からリンパ節の腫脹が発見されることも少なくありません。しかし、病態の進行に伴い元気消失、発熱、食欲減退、下痢、呼吸困難、衰弱などの症状を示すこともあります。

診断

 通常の身体検査で触知可能なリンパ節を体表リンパ節といい、下顎、浅頸、腋窩、鼠径、膝窩に左右対称に存在します。これらのリンパ節が1~複数箇所、異常に腫大していた場合にリンパ腫の可能性を考えなければなりません。リンパ節が腫れる原因は感染、非感染性炎症、腫瘍など複数あるため、確定診断の為にはリンパ節の細胞診や病理診断が必要です。多くの場合、まずは腫れているリンパ節に細い針を刺し細胞を採取、顕微鏡で観察することで診断を試みます。確定的な所見に欠ける場合などではリンパ節の摘出生検による病理組織学的診断や遺伝子型検査(リンパ球クローナリティー検査)の実施が必要となることもあります。
 また、X線検査や超音波検査、CT検査により、身体検査だけでは分からない胸腔内や腹腔内のリンパ節の腫大を評価することも大切です。血液検査では、貧血や血液中の腫瘍性リンパ球の有無などを評価しなくてはなりません。また、病態が進行すると肝臓や脾臓にも腫瘍細胞が浸潤していくため、この確認も針生検で行います。これらをもとに、リンパ腫の臨床病期分類(ステージ分類)を行います。

 *犬のリンパ腫のWHO臨床病期分類

ステージI
:単一のリンパ節または単一の臓器(骨髄は除く)のリンパ系組織に限局した病変が認められる。
ステージⅡ
:一つの部位における複数のリンパ節に病変が認められる(扁桃に病変が存在する場合も含む)。
ステージⅢ
:全身のリンパ節に病変が認められる.
ステージⅣ
:肝臓や脾臓に病変が認められる(全身のリンパ節に病変がある場合でもない場合でも、この所見があればステージIVとする)。
ステージV
:血液や骨髄、その他の臓器に腫瘍細胞が認められる(ステージI〜IVのいずれの場合でも、それに加えてこれらの所見があればステージVとする)
サブステージa
:全身症状が認められない場合
サブステージb
:全身症状が存在する場合

治療

 犬の多中心型リンパ腫の治療の軸となるのは化学療法(いわゆる抗がん剤)です。外科手術や放射線治療は通常選択されません。
 高悪性度のリンパ腫のなかで、最も多いのがびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)です。無治療であれば多くは4-6週間で死亡します。一方で、化学療法に比較的効果が見込める腫瘍でもあり、適切に実施することで大幅な予後の改善が見込めます。ただし、化学療法を実施したとしても多くのケースで再発することから、治療の目標は完治でなく寛解≒生活の質(QOL)の維持となります。
 抗がん剤の作用を最大限に発揮しつつ、個々の副作用を軽減させるために複数の抗がん剤を併用する多剤併用化学療法を行います。通院回数や費用を抑えるために、一つの抗がん剤のみ(ドキソルビシン)を3週間ごとに投与する方法もありますが、多剤併用療法に比べると治療成績は劣ります。多剤併用療法で用いる抗がん剤は細胞系統やステージ分類に合わせて選択しますが、CHOP(シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン)と呼ばれるプロトコールが一般的で、上記の抗がん剤を1週間ごとにローテーションで打っていき、19週間から25週間程度継続する方法です。このプロトコールの反応率は90%であり、生存期間の中央値は1年程度です。副作用によっては投与前後に数日の入院を必要とします。
 このプロトコール終了後に寛解(症状の良化)が得られている場合は、化学療法を中止して、定期検診を行い、再発の徴候を警戒します。再発が認められた場合、再度化学療法による治療を行います。最初に用いた抗がん剤に耐性ができている場合はレスキュー療法を行います。LAP(ロムスチン、L-アスパラギナーゼ、プレドニゾロン)療法や、DMAC療法(デキサメサゾン、メルファラン、アクチノマイシンD、シトシンアラビノシド)が用いられ、奏功期間の中央値は60日といわれていますが、腫瘍細胞が抗がん剤に対して耐性を獲得しているため反応率はそれまでの治療と比べると格段に下がります。
 また多中心型リンパ腫は、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)以外にT細胞型リンパ腫(CD3免疫反応性腫瘍)や大顆粒性リンパ腫(LGL lymphoma)などに細分類されます。DLBCL以外のリンパ腫は治療反応期間と生存期間が有意に短いため、治療反応が思わしくない場合はリンパ節生検による病理組織学的検査と遺伝子クローナリティ検査(PCR検査)による鑑別が重要となります。

獣医師から

 犬の多中心型リンパ腫は比較的発生率の高い腫瘍です。その性質上根治は非常に困難ですが、早期に複数の抗がん剤を組み合わせることで90%以上のケースで治療に反応し、その後の生存期間を大幅に伸ばすことが出来ます。一方で発見が遅れ、症状が出てからの治療では格段に治療成績が落ちることがわかっています。あらためて述べるまでもないことかもしれませんが、早期発見・早期治療が大切ということです。からだのどこかに今までみられなかったしこりが触れたら、病院を受診してください。多中心型リンパ腫で腫脹するリンパ節は、あごの下やわきの下、股の内側、ひざの裏など普段あまり触らない場所も多く、ご家族が気付く頃にはさまざまな部位のリンパ節が腫れていることも少なくありません。小さな変化に気づけるよう、スキンシップの一環として普段から愛犬の身体をよく触っておくことが大切です。

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