病気紹介

胆嚢破裂

はじめに

 胆嚢とは肝臓で生成される消化液(胆汁)を貯蔵する袋状の臓器であり、採食に伴って胆嚢は収縮し、胆汁は総胆管から十二指腸へ排泄されます。胆石などが胆嚢頚部~総胆管~十二指腸開口部のいずれかで通過障害を起こすと胆嚢内圧が上昇して胆嚢破裂を起こすことがあり、それ以外にも胆嚢壁の変性や壊死が原因で胆嚢内から胆汁の腹腔内漏出を生じることがあります。胆汁はアルカリ性で乳化作用があり、腹腔内に漏出した場合非常に強い腹膜炎=胆汁性腹膜炎を引き起こします。胆汁性腹膜炎は消化管内細菌が消化管壁を通る経壁的な移行と、細菌の微小血管の透過性亢進を助長するため、細菌性腹膜炎に移行し、より重篤な病態となるリスクがあります。
 このように緊急性の高い「胆嚢破裂」について、原因や好発犬種、治療法について解説していきます。

病因と疫学

 犬と猫の胆嚢破裂の原因は主にふたつあり、胆石などによる肝外胆管閉塞胆嚢粘液嚢腫です。それに加えて、胆嚢の持続的な細菌感染による炎症=慢性細菌性胆嚢炎も胆嚢破裂のリスク因子となります。

 犬の胆石は主に、胆汁の鬱滞や胆嚢内の細菌感染、炎症等により胆汁成分が析出して形成されます。胆嚢の運動性が低下することで鬱滞した胆汁はしだいに濃縮され、胆泥といわれる胆嚢内の沈殿物となります。胆泥症は高齢犬の半数以上で認められ、ミニチュアダックスフンドやチワワ、ポメラニアン、トイプードル、ヨークシャテリアなどが好発犬種とされます。胆泥のすべてが重篤な疾患へ進展するわけではありませんが、高脂血症や副腎皮質苦悩亢進症(クッシング症候群)、甲状腺機能低下症などの内科疾患のあらわれであることも少なくないため基礎疾患の有無に注意が必要です。

 一方、胆嚢粘液嚢腫は胆嚢壁から分泌される粘液が過剰に胆嚢内に貯留・充満した状態を指します。粘液の過度な貯留によって胆嚢は拡張し、壁は次第に菲薄化~壊死していきます。上昇した胆嚢内圧に耐え切れず、壊死した箇所から胆嚢内容が腹腔内に漏れ出ると胆嚢破裂となります。胆嚢粘液嚢腫も中~高齢の犬に多く、なかでもポメラニアン、チワワ、柴犬、ミニチュアシュナウザー、シェットランドシープドッグ、ミニチュアダックスフンドなどに好発します。胆泥症と同様に、副腎皮質苦悩亢進症(クッシング症候群)や甲状腺機能低下症、糖尿病などの内分泌疾患を背景とすることがあります。

症状

 胆嚢破裂を引き起こすと、食欲不振沈鬱嘔吐急性の腹痛がみとめられます。重度では内毒素血症や循環血液量低下を起こすため、ぐったりとしたショック状態に陥ります。黄疸発熱がみとめられることもあります。

 しかし、胆嚢破裂の原因となる疾患の多くは症状を示しません。胆石の場合、症状は大きさや形によって異なりますが、多くは無症状のまま経過します。しかし、結石が肝内胆管や総胆管などの胆道系を閉塞し、胆汁の排泄を阻害することで十二指腸へ流れるはずの胆汁が鬱滞することで黄疸や肝障害などを引き起こされ、この段階になると嘔吐や食欲不振など症状を示します。胆嚢粘液嚢腫においても破裂するまでは無症状であることが一般的です。胆嚢炎では、嘔吐が最もよく認められ、腹部痛や発熱、食欲不振がみとめられることもありますが、無症状であることも少なくありません。

診断

 中高齢の好発犬種が急性の消化器症状を呈して来院し、身体検査で粘膜や皮膚の黄疸が認められた場合は強く肝胆道系疾患を疑います。患者の状態が悪く、ショック状態の場合は診断のための検査とショックからの蘇生を並行して急ピッチで行います。状態に余裕のある場合は以下の検査を順序だてて実施します。

 血液検査では白血球増多、ビリルビン上昇、肝酵素上昇、アルブミン低下、乳酸値上昇、CRP上昇などを認めます。血液凝固異常を呈している場合はより重篤とみなします。
 レントゲン検査では胆石、胆泥や重度の腹膜炎などを検出します。肝胆道系以外に問題がないか、全体像を素早く把握できるのも大きな利点です。
 腹部超音波検査ではより詳細に肝臓、胆嚢、総胆管、膵臓などの評価を行います。ただし腹膜炎を起こしている場合は非常に痛みが強く、検査で軽く触れることにも耐えられないことがあります。そういったケースでは鎮痛作用のある鎮静剤を使用することで、患者に負担をかけることなく検査を実施します。熟達した画像診断医は胆嚢壁の炎症や浮腫、胆嚢内の胆泥や胆石、粘液貯留の程度、総胆管拡張の有無、腹水の有無などを詳細に評価することができます。また、胆嚢粘液嚢腫の診断はほとんどの場合超音波検査で確定します。

 また、胆嚢破裂症例の多くで胆嚢周囲に腹水が貯留します。腹水検査は非常に有用なため、超音波ガイド下で採取し、色や比重、細胞成分や細菌の有無、胆汁色素の有無などを調べます。胆汁色素が検出されれば胆汁性腹膜炎が、細菌が検出されれば細菌性腹膜炎が確定診断されます。
 そのほか、血圧測定や心電図検査、尿検査などから重症度を判断します。

治療

 多くはショック状態に陥っているため、静脈点滴で体液と電解質バランスを急速に補正した上で緊急開腹手術の準備をします。胆嚢破裂では外科的な介入が必須となります。
 胆嚢粘液嚢腫か胆道閉塞かで細かな術式は異なりますが、破裂した胆嚢の摘出や胆道経路の再疎通/再建、漏出した胆嚢内容の洗浄を目的とした緊急手術となります。腹膜炎が重度であるほど周術期死亡率が上昇するため、可能な限り早く診断し、迅速に手術を行うことが重要です。胆嚢破裂から胆汁性腹膜炎が成立すると、周術期死亡率は40%を超えると報告されています。

 当院では複数の胆石や胆嚢炎、胆嚢粘液嚢腫が認められる場合や、すでに肝外胆管閉塞を起こしている場合には胆嚢破裂を起こす前に予防的胆嚢摘出術を推奨しています。肝不全や胆嚢破裂のない状態で手術に臨むことができれば、手術リスクは格段に下がることがわかっています。また、細菌性胆嚢炎に対する抗菌薬治療や、胆汁分泌を促進する各種内科療法、高脂血症や肝臓代謝にはたらきかける食事療法よって胆嚢内環境を改善できることもあります。

獣医師から

 「肝臓は沈黙の臓器」とはよくいったもので、肝臓や胆嚢の疾患は末期になるまで全く自覚症状がないことが多々あります。定期的な血液検査行っていても検出できないことさえあります。その一方で、ひとたび症状が現れた時には致命的な状態に陥っていることが少なくありません。
 当院では6-7歳のシニア期になると肝臓、胆嚢の画像検査を健診として実施することを推奨しています。特に超音波検査は胆嚢の異常に対する感度が高く、ひっそりと進行する肝胆道系の異常をいち早く検出することに優れています。病状が進行する前に基礎疾患を把握し早期から対処することができれば、病気の進行を食い止めることや、より安全な予防的胆嚢摘出術で胆嚢破裂を回避することにつながります。

 肝胆道系疾患に限らず、身体検査や血液検査だけでは検出できない病気は数多く存在します。中年齢以降は健康診断に画像検査などを加え、早期の異常を見落とさないように心がける「予防医療」の徹底こそが愛犬/愛猫と長く健康に暮らしていく秘訣です。
 健診をご希望の方は遠慮なくお問い合わせください。それぞれの患者様のライフステージあった健診プランをご提案させていただきます。

「予防の1オンスは治療の1ポンドに値する」
“An ounce of prevention is worth a pound of cure.”
Benjamin Franklin

胆嚢粘液嚢腫が原因で破裂した胆嚢の超音波画像

胆嚢粘液嚢腫が原因で破裂した胆嚢の超音波画像。
矢印に囲まれた領域に腹水が貯留。

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