病気紹介

椎間板ヘルニア

はじめに

 椎間板ヘルニアは犬の病気の中では比較的メジャーな部類のため、ご存じの方も多いかもしれません。ミニチュアダックスフンドやウェルシュコーギーなど胴長短足の犬種がある日急に歩けなくなる…そんなイメージが一般的でしょうか。今回はこの椎間板ヘルニアに関して、医学的な解説や治療法、生活上の注意などを紹介していきます。

背景

 犬の背骨=脊柱は7個の頸椎、13個の胸椎、7個の腰椎、3個の仙椎、5個の尾椎の合計35個の椎体からなります。脊柱は全身の骨格を支える働きに加え、内部に通る神経や血管を守る働きも担っています。それぞれの椎体は連なって脊柱管といわれる管構造を形成し、ここに脊髄神経が通っています。それぞれの椎体の間には、椎間板と呼ばれる構造が存在し、クッションの役割を果たします。椎間板は髄核と髄核を取り囲む線維輪からなり、椎間板ヘルニアとはこのいずれかに変性や変形が生じ、脊柱管内の脊髄を圧迫・障害することによって神経症状を引き起こす疾患です。発生部位は約15%が頸部、約85%が胸腰部に生じるとされています。

 椎間板ヘルニアはHansen I型とHansen II型のふたつの型に分類されます。Hansen I型 はミニチュアダックスフンドやビーグル、コーギー、プードルなどの軟骨異栄養型である犬種に多発し、多くは若齢で急性に発症します。 このタイプでは遺伝的素因によって変性した髄核が何らかのきっかけで線維輪を突き破って脊柱管内へと逸脱し、脊髄を圧迫します。Hansen II型 は上記以外の非軟骨異栄養型の犬種(ジャーマンシェパードドッグ、ラブラドールレトリバーなど)で認められます。このタイプでは主に加齢により線維輪が肥厚、変性することで背側に突出することで脊柱管内の脊髄を圧迫します。同時に複数個所みられることも多く、変形性脊椎症を併発していることもあります。また、犬種や老化の他にも、肥満や激しい無理な動き、滑りやすい床材や階段の昇り降りなども椎間板ヘルニアのリスク因子となります。

症状

 椎間板ヘルニアは、椎間板が突出した場所と突出の程度により症状が異なります。

 頚部椎間板ヘルニアでは、約90%の症例で頚部の疼痛を示します。ロボットのような歩き方や、頸部の硬直、頭部の下垂や上目遣いでねめつけるようなしぐさが特徴的です。痛みや違和感から苛々して余裕のない行動をとることもあります。疼痛がより強くなると食欲の低下や震え、パンティングを認めることもあります。脊髄の圧迫や障害が重度な場合は、上記に加えて神経学的な異常=四肢の麻痺が認められます。

 胸腰部椎間板ヘルニアでも、やはり障害部位の疼痛が最も発生頻度の高い症状ですが、後肢の運動失調や麻痺を併発することが比較的多いとされています。麻痺の程度は感覚の軽度な障害から痛覚の完全な喪失まで様々です。麻痺がなく痛みだけを症状とする軽症例では腰部や背部をかばって背中を丸めるような姿勢が特徴的で、抱き上げるなどした際に悲鳴を上げることも一般的にみられます。後肢の麻痺は通常膀胱の麻痺を伴い、排尿障害や尿失禁がみられます。胸腰部は脊柱管内の空間が狭いことや生体力学的ストレスがかかりやすいことなどから、頸部椎間板ヘルニアより重度な症例が多いといわれています。

 椎間板ヘルニアで命を落とすことは通常ありませんが、注意しなければならない合併症に進行性脊髄軟化症があります。これは急性脊髄障害に続発する脊髄の出血性/虚血性壊死と考えられており、ひとたび発症したら治療法はなく短期間のうちに死に至ります。後肢の完全な麻痺と進行性の進行、非常に強い痛みなどを特徴とします。

グレード分類

 胸腰部椎間板ヘルニアは重症度によって以下のグレードに分類されます。

グレード1
:症状は痛みのみで、麻痺や痛覚の異常を伴わない。
グレード2
:歩行は可能だが、後肢の運動失調や感覚異常を認める。
グレード3
:歩行は不可能だが、後肢の感覚は残っておりわずかに動かすことができる。
グレード4
:歩行が不可能で、後肢は全く動かせず皮膚痛覚も消失。深部痛覚のみ残存。
グレード5
:歩行不能で完全麻痺。深部痛覚を含めた全ての感覚が消失。

 頚部椎間板ヘルニアでも同様に3つのグレードに分類されます。

グレード1
:初発の頚部痛。
グレード2
:繰り返す頚部痛あるいは歩行可能な範囲の運動失調や感覚異常。
グレード3
:自力歩行不可能な重度の麻痺

診断

 椎間板ヘルニアの確定診断には高度画像検査が必要です。

 症状や犬種などから椎間板ヘルニアを疑った場合、まず身体検査で神経学的な評価や疼痛点の検出を行います。次に、疑われる神経障害部位のレントゲン写真を撮影し、ヘルニア以外の骨折や腫瘍などが見つからないことを確認します。これらの疾患は重症度や治療法、予後が全く異なるため予め除外することが大切です。残念ながらレントゲン検査では椎間板や脊髄は写らないため、椎間板ヘルニアの確定診断はできず、椎体間の狭小化や脊柱管内の石灰化病変など疑わしい所見が得られるのみです。これら検査からやはり椎間板ヘルニアが疑われ、なおかつ重症度が高いなどの理由で確定診断を行う場合は全身麻酔下での精密検査を実施します。

 脊髄造影レントゲン検査やCT検査ではほとんどの場合で病変部位の検出をすることができ、MRI検査は確実に神経の障害を検出できます。これら高度画像検査は実施できる施設が限られているため、早期の検査を希望する場合には注意が必要です。当院では脊髄造影レントゲン検査とCT検査が実施可能です。

脊髄造影レントゲン検査

脊髄造影レントゲン検査

治療

 古い報告にはなりますが、胸腰部椎間板ヘルニアで内科療法(厳密な絶対安静と投薬)と外科療法の治療成績を比較した研究がとても有名で、我々獣医師はよくそれを参考に治療方針を選択します。

内科療法 外科療法
グレード1 100%
(受傷から3週間)
100%
グレード2 84%
(受傷から6週間)
100%
グレード3 100%
(受傷から9週間
95%
(術後1週間
グレード4 50%
(受傷から3週間)
90%
(術後2.5週間)
グレード5 7%
(受傷から3週間)
50%
(術後2週間)
ただし、受傷後48時間を超えての
手術成績は6%
Davies andSharp 1983 Linebergerand Kornegay

 近年の研究では、グレード5の場合に早期手術でなくとも治療成績はそこまで低下しないことも報告されているなど日々情報はアップデートされますが、重症度が高いほど内科療法では治らず外科手術が必要になることは共通した見解です。

 内科療法ではケージレストとよばれる絶対安静が治療の軸となります。これは身体よりも若干大きい程度のごく狭いスペースに患者を入れて厳密に安静を保たせる方法です。最低2週間、理想的には2ヶ月ほどこれを継続し、神経の腫れや炎症、繊維輪の修復を待つことになります。患者の性格やご家族の強力な協力なくして実行が困難な治療法といえます。痛み止めを使用する場合もありますが、痛くなくなった患者が動きたがってしまうなど安静がかえって保たれない場合はあえて薬を使わないことも選択肢です。

 疼痛の重度なグレード1-2やグレード3以上の患者では優先的に外科療法を適用します。胸腰部の椎間板ヘルニアでは片側椎弓切除術(ヘミラミネクトミー)、頸部では背側椎弓切除術(ベントラルスロット)を行うことが一般的です。これらの術式は脊椎の一部を削り取り脊髄を圧迫する原因を除去することを目的としています。術後は積極的なリハビリを実施し神経回復に努めます。回復の程度によって入院期間は異なりますが、排尿障害の改善をみて1週間弱の入院になることが平均的です。一般に重症なほど回復率は低下し、回復までの期間も長くかかります。また、完全な回復が得られず部分的に障害が残る場合も存在します。そういった例では排尿に異常が残ることが多く、尿路感染症をたびたび繰り返すなどの後遺症につながります。

 先述した進行性脊髄軟化症を併発した場合は現在のところ治療法がなく、非常に強い疼痛と急速に進行する神経障害のために短期間で呼吸が障害されるなどして命を落とします。この病気を発症した場合、苦痛からの緩和を目的に安楽死を選択することが唯一の治療法といえるかもしれません。

獣医師から

 椎間板ヘルニアはある日急に発症し、生活の質を著しく下げる可能性のある厄介な病気です。本邦で飼育頭数の多いミニチュアダックスフンドやトイプードルなども好発犬種であり、通常診療と夜間救急外来のどちらでもよく遭遇します。肥満や滑りやすい床材、激しい運動などリスクになることを避け、足裏の毛を伸びっぱなしにしないなど日常のケアから予防に努めることが大切です。「滑りにくいフローリング」とうたった製品であっても、実際は十分にリスクとなる場合が少なくありません。また、一度発症し治癒した場合も、理論上は残り全ての椎間で再発し得るためより警戒を要します。

 これら様々に気を付けていても発症する可能性はあり、愛犬の異常に気付いたら早期の受診をお勧めします。椎間板ヘルニアは神経学的なグレード評価から適切な診断、治療を行えば多くの症例で通常通りの生活に戻ることができる病気です。

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