歯のメンテナンス

 突然ですが、私たちはなぜ毎日歯磨きをするのでしょうか?
 多くの人が「虫歯や歯周病にならないために」と答えるでしょう。
 では犬猫に対しても同じように歯磨きをしている人の割合はどれくらいでしょうか?犬猫では毎日しっかり歯を磨くこと自体が難しく、さらに口内環境が人と違います。犬猫の歯垢は人の5倍以上のスピードで歯石に変わります。
 放置された歯垢は3日以内に歯石となり、2週間以内に歯周炎を引き起こします。歯磨きで除去できるのは歯垢の段階までであり、歯石は除去できません。歯石を放置すると歯周病や歯槽膿漏を招き、さらに悪化すると口腔内の細菌が全身に広がり重篤な状態になる危険性があります。そのため、定期的な麻酔下での歯科処置を推奨します。

歯周病について

 歯周病とは、骨を融かす病気です!
 歯周病とは単なる歯の表面の問題ではなく、骨を溶かす深刻な炎症性疾患です。その進行過程と影響について詳しく説明します。

歯周病の定義と進行

1.初期段階(歯肉炎):
・歯垢(プラーク)が歯と歯肉の間に蓄積し、歯肉に炎症を引き起こします。
・この段階では適切なケアにより回復可能です。
2.進行段階(歯周炎):
・炎症が深部組織に波及し、歯周靭帯(歯根膜)が破壊されます。
・炎症産物が生成され、歯槽骨(顎の骨)を融かし始めます。
3.後期段階:
・炎症産物による骨吸収が進行し、歯を支える構造が著しく損なわれます。
・膿溜まり(膿瘍)が形成され、歯の動揺や脱落のリスクが高まります。

歯周病の深刻な影響

1.骨の融解:
・歯を支える歯槽骨が融け、顎の骨の強度が低下します。
・重度の場合、下顎骨折のリスクが高まります。
2.口腔鼻腔瘻管の形成:
・上顎の歯根と鼻の間の骨が非常に薄くなり、口腔内と鼻腔内がつながってしまうことがあります。
・これにより、投薬治療が無効で慢性的な鼻炎が引き起こされます。
3.根尖膿瘍の形成:
・歯の根尖部やその周辺に化膿性炎症が起き、膿瘍を形成します。
・重度の場合、眼の下が腫れたり、膿が皮膚を突き破って排膿したりすることもあります。

猫に特徴的な歯牙疾患

猫では、歯周病に加えて以下の問題が発生することがあります:
1.歯肉口内炎:
・口腔内の局所~広範囲に及ぶ炎症性疾患です。
・猫カリシウイルス、パスツレラ菌、免疫不全(FIV)などの複数の要因が関与すると考えられています。
2.歯の吸収性病変(猫破細胞性吸収病変:FORL)
・歯の構造が内部から溶解していく疾患です。
・原因は完全には解明されていませんが、免疫系の異常反応や炎症性サイトカインの関与が示唆されています。
・進行すると歯が脆くなり、最終的には歯が折れることがあります。

 これらの問題により、流涎、口臭、疼痛による食欲不振、体重減少などの症状が現れることがあります。特に歯肉口内炎は慢性的で難治性の疾患であり、適切な治療と管理が必要です。ウイルスや細菌感染、免疫系の問題が複雑に絡み合っているため、麻酔下での歯科処置を含む総合的なアプローチが重要となります。早期発見と適切な治療により、猫の生活の質を維持することが可能です。

まとめ

 歯周病は単なる口腔内の問題ではなく、全身の健康に影響を及ぼす深刻な疾患です。適切なケアと定期的な検診により、健康な歯と歯肉を維持し、動物たちの生活の質を守ることが重要です。

予防歯科の重要性:歯周病から愛犬・愛猫を守る

 歯周病の進行を防ぐ定期的なケア
 歯周病は、一度進行すると元に戻すことが困難な疾患です。特に、融けた骨を再生させることは原則できません。そのため、歯周病を進行させない予防歯科が非常に重要となります。

予防歯科の2つの柱

1.日常のデンタルケア
・毎日の歯磨きで食渣や歯垢を除去
・歯周病の進行を遅らせる効果あり

2.全身麻酔下での専門的歯科処置
・年に1回以上のスケーリングを推奨
・歯石除去と歯面研磨を実施

なぜ両方が必要なのか?

- 日常的な歯磨きの限界
- 歯周ポケット内のケアが困難
- 歯の表面以外の完全な清掃は難しい
- 一度形成された歯石は除去できない

- 専門的処置の必要性
- 歯周ポケット内の徹底的なクリーニング
- 固着した歯石の除去
- 歯面の滑沢化による歯垢の付着抑制

定期的な歯科処置のメリット

1.歯周病の進行防止
2.口臭の改善
3.痛みや不快感の軽減
4.全身疾患のリスク低下
5.ペットのQOL(生活の質)向上

 予防歯科は、日常のケアと専門的処置の両輪で成り立ちます。どちらか一方だけでは不十分であり、両方を適切に組み合わせることで、愛犬・愛猫の口腔内健康を維持し、快適な生活を支えることができます。定期的な歯科検診と処置を通じて、動物たちの健康寿命を延ばしましょう。

動物のデンタルケア:高度なスケーリング処置

スケーリングは、犬や猫の口腔衛生を維持するための重要な処置です。当院では、最新の技術を用いて、より包括的で精密な歯科ケアを提供しています。

スケーリングの準備:全身麻酔と高度な画像診断

1.全身麻酔の実施
・スケーリングは全身麻酔下で行われます。これにより、ペットの安全と快適さを確保し、詳細な口腔内検査が可能になります。
2.歯科CT検査
・当院では、通常の歯科X線撮影に代わり、より高度な歯科CT検査を実施しています。
・歯科CTの利点:
1.高画質で詳細な画像が得られます。
2.すべての歯を多方向から評価できます。
3.歯や歯槽骨の状態を3D画像で精密に評価できます。
・この検査により、目視では確認できない問題(歯根の異常、骨の吸収など)を早期に発見し、適切な治療計画を立てることができます。

スケーリングの手順

1.スケーラーによる歯石取り
・超音波スケーラーを使用し、歯石を粉砕しながら除去します。
・この方法は歯にダメージを与えずに歯石を効果的に取り除きます。
・可視的な歯石だけでなく、歯肉縁下の歯石も除去します。
2.歯周ポケットの歯石除去
・超音波スケーリングの後、スケーラーが届かない歯周ポケットの歯石を手作業で取り除きます。
・一般的な歯周ポケットの正常な深さは以下の通りです:
小型犬:1-2mm
大型犬:3mm
・深いポケットは歯周病の兆候である可能性があり、抜歯を含むさらなる治療が必要な場合があります。
3.歯の研磨(ポリッシング)
・歯石除去後、歯の表面に微細な傷がついているため、歯の研磨を行います。
・これにより歯の表面が滑らかになり、歯垢・歯石が再付着しにくくなります。
・特殊なポリッシングペーストを使用し、回転式のポリッシャーで歯を磨きます。

年に1回のスケーリングの重要性について

歯周病の進行を防ぐために、年に1回のスケーリングを行いましょう。
2019年に全米動物病院協会(AAHA)から、年に1回の歯垢・歯石除去で死亡リスクが18.3%低下すると報告されました。健康状態リスクが低い場合、年に1回の全身麻酔下での歯のスケーリングを行うことが勧められます。
また、病気があるからといって歯の処置を諦めず、一度ご相談ください。犬の僧帽弁閉鎖症ステージB1や猫の慢性腎臓病ステージ2まではほとんどの症例で実施可能です。それより進行した病態やその他の疾患が複合している場合でも、症状や病態に応じて内科治療を実施した上で歯科処置を行うことが望ましい場合もあります

無麻酔歯石除去について

無麻酔歯石除去は行ってはいけません!
無麻酔歯石除去の危険性と専門機関の見解
無麻酔歯石除去は、一見簡便で良い方法に思えるかもしれませんが、獣医学的観点から見て非常に危険で効果的でない処置です。以下に、その理由と専門機関の見解を詳しく説明します。

無麻酔歯石除去の問題点

1.歯周病治療の非効果性
•歯周病の本体は表面の歯石ではなく、歯周ポケット内の細菌を含む炎症産物です。
•無麻酔で表面の歯石のみを除去しても、歯周病に対する実質的な治療効果はありません。
2.患者への悪影響
•痛みと恐怖心: 意識がある状態で口腔内を処置されるため、強い痛みと恐怖を感じます。
•将来のケアへの悪影響: この経験により、その後の歯磨きやデンタルケアを嫌がるようになる可能性が高くなります。
3.医学的リスク
•口腔内の傷と菌血症: 処置中に口腔内を傷つけ、菌血症(血液中に細菌が入る状態)を引き起こすリスクがあります。
•顎骨骨折のリスク: レントゲンやCT検査なしで処置を行うため、骨の状態が不明で顎骨骨折などの重大な合併症のリスクが高まります。
•誤嚥性肺炎のリスク: 大量の細菌を含む歯石や歯垢が処置中に気道に入り、誤嚥性肺炎を発症するリスクがあります。
4.不完全な処置
•歯肉溝の汚れを完全に除去することが困難です。
•使用する道具の先端が尖っているため、眼や顔を傷つける可能性があります。

専門機関の見解

以下の権威ある獣医学組織が、無麻酔での歯垢・歯石除去を明確に否定しています:
•日本小動物歯科研究会
•WSAVA(世界小動物獣医師会)
•AAHA(アメリカ動物病院協会)
•AVMA(アメリカ獣医学会)
•AVDC(アメリカ獣医歯科学会)
これらの組織は、無麻酔での歯石除去が危険で非効果的であるという共通の見解を示しています。

スケーリング後の日常ケアについて

毎日の歯磨きを習慣にしましょう。
日常的な歯のケア
1.歯磨きの重要性
•スケーリング後の歯の健康維持には、家庭での歯磨きが不可欠です。
•推奨頻度:3日に1回以上、できれば毎日
•短時間でも毎日行うことが効果的で、ご家族も動物も習慣化しやすくなります。
2.重点的にケアすべき部位
•上顎の犬歯
•上顎第4前臼歯(一番大きい奥歯)
•門歯(前歯)
これらの歯は特にトラブルを起こしやすいため、念入りなケアが必要です。
3.歯磨きの方法
•動物用の歯ブラシと歯磨きペーストを使用します。
•優しく、但し確実に歯と歯肉の境目をブラッシングします。
•最初は短時間から始め、徐々に時間を延ばしていきます。
4.その他の口腔内ケア
•デンタルケア用のおやつや玩具の活用
•専用の口腔ケア用品(ジェルやスプレーなど)の使用
※注意:これらは歯磨きの代替とはなり得ません。歯周病予防には家庭での歯磨きが不可欠です。

当病院のサポート体制

•歯磨きレッスン
•当院では、愛玩動物看護師による歯磨きレッスンを提供しています。
•正しい技術や効果的な方法を学べます。
•不安や疑問がある場合は、遠慮なくご相談ください。

•定期チェック
•歯科ケアの効果を確認するため、定期的な獣医師による検診をお勧めします。
•早期に問題を発見し、適切な対処を行うことができます。

まとめ

スケーリング後の日常ケアは、動物たちの口腔衛生と全身の健康維持に極めて重要です。定期的な歯磨きと適切なケア用品の使用、そして獣医師による定期チェックを組み合わせることで健康的な生活をサポートできます。歯のケアに関する不安や疑問がある場合は、いつでも当院にご相談ください。

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