病気紹介

耳科診療(外耳炎/中耳炎)

はじめに

 以前「犬、猫の中耳炎・内耳炎」の記事を執筆しました。
今回はより一般的な「外耳炎」をはじめとした耳科診療の大まかな流れを、写真や動画を交えながら解説していきたいと思います。

外耳炎とは

 「外耳炎」とはその名の通り外耳道に炎症が起きた状態を指します。外耳炎になると耳の痒みや違和感から患者は耳を掻く、振るなどの症状を呈します。外耳炎が進行し炎症が強くなると、耳周囲の皮膚が赤く腫れ、様々な性状の耳垢や独特の臭気を伴うようになります。この段階の外耳炎は適切な治療なしに自然良化するものではなく、耳道洗浄や点耳薬、内服薬などの治療が必要となります。

外耳炎とは

耳道の構造

 犬や猫の耳は人と同様に外耳、中耳、内耳の3つから構成されます。人の外耳道が鼓膜まで一直線な構造をしているのと比較して、犬や猫の外耳道はL字型に折れ曲がり「垂直耳道」と「水平耳道」に分けられます。垂れ耳や立ち耳など耳介の外観だけでなく内部の構造が入り組んでいるために、犬や猫の耳科疾患はときに厄介になるのです。

耳道の構造

https://www.kirikan.com/inucaretime/trouble/ear/construction.html より

 さて、我々獣医師が耳の評価をする際にもっとも汎用するのが「耳鏡」という器具です。これは拡大鏡と光源を用いて外耳道を観察するもので、肉眼で評価しづらい耳の中を評価するための器具です。健康な耳ならこの器具ひとつで外耳道から鼓膜の状況までを確認することが可能です。ただし、あくまでも外耳の入り口から奥をのぞき込む器具ですから、耳道内の汚れや腫れなどがある場合は深部の評価はできません。健康な耳や軽度~中程度の外耳炎の評価に威力を発揮するのがこの「耳鏡」です。

耳鏡

 耳鏡で検出できる外耳の異常は多岐にわたります。耳道の腫れや赤み、鼓膜の様子、耳垢の質や量、毛やゴミ、腫瘤やダニなどが見つかることもあります。耳科診療に熟達した獣医師は、耳鏡検査から多くの情報を得ることが出来るのです。しかし、先述したように腫れや耳垢で耳道がふさがっているとそれ以降の深部は全く評価できません。そのような場合、耳道洗浄や抗炎症剤などの治療で耳道を開き、奥の状況を確認できるようにする必要があります。

 腫れや耳垢で耳道がふさがっている状態、すなわち外耳炎の際に、どんな洗浄剤や点耳薬が適しているかを判断するには耳垢の顕微鏡検査が有用です。耳道を傷つけないよう慎重に耳垢を採取し、特殊な染色をして顕微鏡で観察すると、耳垢に含まれる成分や細菌、酵母菌、白血球などを評価することが出来ます。耳鏡を含む身体検査と耳垢検査を組み合わせることで、どのように外耳炎を治療していけば良いのかがわかってきます。もっとも、外耳炎の背景にはアレルギー疾患など基礎となる疾患が隠れていることが非常に多く、単に耳を綺麗にするだけでは真に治療することとはなりません。このあたりについては後述したいと思います。

耳垢細胞診

 耳垢検査で評価する項目は多岐にわたります。正常であっても耳垢の全くない動物はおらず、少なからず角化物や脂の分泌が認められます。その量や割合に変化が生じ、炎症や感染を伴うと外耳炎に発展していきます。耳垢検査では、耳垢の量や色、におい、粘性といった五感を用いた評価に始まり、顕微鏡下での構成成分比や炎症細胞数、割合、細菌や酵母菌などの微生物やダニの有無などを丁寧に評価していきます。これにより外耳炎の原因や病態を細分化して適切な治療法を見出します。

耳道洗浄

 外耳炎で耳道内が汚染されている場合、まずは徹底的に洗浄することが重要です。耳道内に炎症産物や病原体が残っているままではどんな薬を用いても十分に効力を発揮できないためです。上述の検査でどの洗浄剤や洗浄方法が適当かを判断し、耳道内の汚れを除去します。炎症の程度によっては痛みが強く、鎮痛・鎮静処置を行わないと洗浄ができないこともあります。また、通常の耳道洗浄で除去しきれない鼓膜付近の汚れなどは後述の特殊な耳道内視鏡(ビデオオトスコープ:VOS)を用いた洗浄が非常に有効です。

ビデオオトスコープ

 外耳、中耳の詳細な観察は耳鏡のみでは十分にできません。ビデオオトスコープは手術にも使用できる高性能な耳道内視鏡であり、耳道内の構造を高画質で拡大して観察することができます。さらに、大画面で観察しながらカテーテルや専用の鉗子を用いた耳道内の洗浄や異物の摘出、鼓膜穿刺や腫瘤の生検・切除など様々な用途で活躍するハイテク機器です。この機器なしでは手術で耳ごと切除してしまう以外に治療法のなかった耳科疾患が低侵襲で治療できるようになりました。ただし、ビデオオトスコープを用いた耳科治療のほとんどは全身麻酔が必要となり簡便には行えず、炎症や汚染の程度にもよりますが、通常複数回の処置を必要とする点がネックとなります。その反面、覚醒下では十分に行えない耳道の徹底した洗浄や腫瘤の摘出が可能な点や、耳道切除など大手術を回避できる点などは代えがたいメリットです。
 当院にはビデオオトスコープを用いた耳科診療のトレーニングを受けた獣医師が在籍しており、難治性の外耳炎・中耳炎の治療に積極的に使用しています。

ビデオオトスコープ

 以下の動画は正常な猫の耳道~鼓膜を観察したものです。耳道に炎症や過度の耳垢がなく、透き通って変性のない鼓膜が認められます。

 次に、実際の症例でビデオオトスコープを用いて施術した記録をご紹介します。

1. 耳垢栓摘出
 鼓膜付近に耳垢がコルク状に固まって詰まっていた症例です。通常の耳洗浄では除去困難ですが、ビデオオトスコープ下で鉗子を用いると容易に除去することができます。この後、残った汚れをカテーテルを用いて洗浄し、施術を終了しました。

2. 化膿性外耳炎(観察)
 化膿性(細菌性)外耳炎と中耳炎を起こしていた症例です。耳道の上皮全体が赤く炎症を起こし、膿性の黄色く粘り気のある耳垢が大量に貯留している様子が観察されます。外耳道は腫れによって狭窄し、耳垢栓と呼ばれる分泌腺の増生も認められます。

3. 化膿性外耳炎(洗浄)
 ビデオオトスコープ下でカテーテルを用いて外耳道内を洗浄している様子です。固まった膿性耳垢の奥に黄白色の耳垢が大量に貯留していました。このような耳道を通常の洗浄のみできれいにすることは困難です。可能な限り深部までカテーテルを挿入し、洗浄して施術を終了しました。

4. 耳道内腫瘤(耳垢腺癌)
 外耳道に腫瘤があり、難治性の細菌性外耳炎を続発していた症例です。このような場合は腫瘤を取り除かない限り細菌性外耳炎は治癒しません。ビデオオトスコープ下で腫瘤を切除、摘出したのち、カテーテルで徹底的に洗浄しました。腫瘤は病理検査の結果、耳垢腺癌という悪性腫瘍だったため、後日根治手術(全耳道切除術)を実施しました。

5. キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの原発性滲出性中耳炎(PSOM)
 耳の付近を気にするとの主訴で来院したキャバリアの症例です。外耳炎はなく、鼓膜の混濁やリンパ節の腫脹から特殊な中耳炎が疑われました。この病気はキャバリアに特徴的に発症し、骨格や体質が関与すると考えられている慢性再発性の中耳炎です。ビデオオトスコープ下で鼓膜を穿刺し、中耳内の粘液を除去することで症状は改善します。処置後は再発防止に点耳薬、飲み薬など薬物療法を継続する必要があります。

薬物療法

 耳道内がきれいに洗浄できたら次は薬物療法です。炎症や感染の程度によって必要な薬剤は異なりますが、軽症~中等度の外耳炎では点耳薬のみ、中等度~重度の外耳炎では点耳薬に内服薬を併用することが一般的です。ほとんどの場合でステロイド剤が必要で、感染の有無に応じて抗菌薬などを併用します。炎症や腫れの改善に応じて薬物の種類や強度、投薬頻度を調節することが非常に重要であり、漫然と同じ治療を続けているとステロイドの副作用や耐性菌の出現などを引き起こすため注意が必要です。

再発防止

 さて、耳道洗浄や薬物療法で外耳炎が改善したら治療終了で良いのでしょうか。残念ながら、多くの場合で答えはNOです。耳科疾患の多くはアレルギーや耳道の構造異常など体質に関わる部分が素因となっており、再発のリスクがあるからです。外耳炎が全身のアレルギー性皮膚炎の一部であることも珍しくなく、そのような場合は適切な治療を継続しなければ容易に再発します。定期的な耳鏡検査を実施して外耳炎の徴候を見逃さないようにし、アレルギーに対する食事療法や定期的な耳洗浄などを行って予防に努めることが大切です。アレルギー性の炎症が持続する場合は比較的弱いステロイド系点耳薬を週に1-2回継続して点耳する「プロアクティブ療法」が有用です。
 また、これら内科的な管理を実施しても良好な耳道環境を維持できないときは、複数回/定期的な耳道洗浄が非常に効果的な場合があります。全身麻酔が必要にはなりますが、ビデオオトスコープを用いた徹底的な洗浄は多くの症例で抜群の効果を発揮します。後述する外科療法と比較して患者の負担が軽いことは大きなメリットです。

難治性耳科疾患

 これらの治療を行っても治すことのできない難治性耳科疾患などで提案するのが外科療法です。耳の外科には主に①垂直耳道切開術、②全耳道切除+外側鼓室包切開術、③腹側鼓室包切開術などがあります。
 ①の垂直耳道切開術は、スコティッシュフォールドなど特徴的な耳の形のために外耳炎が慢性再発性になっている場合に実施します。耳孔を拡げ、日々のケアを容易・確実にするための手術です。
 ②の全耳道切除+外側鼓室包切開術は、外耳道の上皮、軟骨、鼓膜や中耳の上皮をすべて切除することで外耳炎・中耳炎になる原因=耳の上皮組織を完全に除去する方法です。切除にあたって周囲の神経や血管を損傷する危険性があり難易度が高い術式ですが、当院では従来の術式に上述したビデオオトスコープを併用することで安全性・確実性を高めた手術を実施しています。
 ③の腹側鼓室包切開術は、猫や短頭種の犬で実施することの多い術式です。解剖学的な理由から中耳炎や腫瘤の切除を外側から行いづらい場合に実施します。この術式を行うと術後一過性に喉が腫れ、呼吸を障害することがあります。当院ではそうした場合に備えて一時気管切開術を同時に実施し、呼吸困難を引き起こさないよう予防策を設けています。

 これら手術の詳細については最寄りの獣医師までお問合せください。

おわりに

 日々の診療で遭遇することの多い耳科疾患について、我々獣医師がどのように診察しているか順を追ってみてみました。意外と奥が深いと感じてくださった方も多いのではないでしょうか。外耳炎の真の原因を突き止め治療し、再発を防ぐことは実はなかなかに難しいのです。皮膚科・耳科疾患は点耳や耳掃除、食事管理など継続的な治療が必要で多くの場合長期にわたった治療が必要になります。それはご家族の協力なくして絶対に達成できません。そのためには病気に対する正しい理解と動物病院との信頼関係が不可欠です。
 なかなか治らない皮膚科・耳科疾患にお困りの方は当院の皮膚科外来にぜひご相談ください。

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